東京地方裁判所 平成9年(ワ)18711号 判決 2000年7月28日
反訴原告
呉連月
反訴被告
有限会社マルサン北斗建設
主文
一 反訴被告は、反訴原告に対し、金四二二万七七六五円〔更正決定 金四一五万七七六五円〕及びこれに対する平成七年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を反訴被告の、その余を反訴原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
反訴被告は、反訴原告に対し、金一四一六万四一九七円及びこれに対する平成七年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求)。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認定し得る事実
1 事故の発生
(一) 日時 平成七年三月二七日午前四時ころ
(二) 場所 東京都江戸川区中葛西四丁目八番七号先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)内
(三) 山田車 山田利和(以下「山田」という。)が反訴被告の業務として運転する反訴被告の保有する普通貨物自動車
(四) 呉車 反訴原告(昭和二〇年五月一六日生)が運転する足踏式自転車
(五) 事故態様 山田車が、葛西橋通り(以下「本件道路」という。)を環状七号線方面から葛西橋方面に向けて走行し、本件交差点を直進して通過しようとした際、本件交差点に進入する手前に設置された横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上を北側(山田車の進行方向右側)から南側(同左側)に向けて本件横断歩道上を走行していた呉車と衝突した(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故の結果
反訴原告は、本件事故により、右鎖骨骨折、左腓骨骨折、頭部打撲、頸椎捻挫等の傷害を受け、森山病院(平成七年三月二七日から同年五月二五日までの六〇日間入院、同年五月二六日、七月一九日の二日間通院。乙五)、日本大学医学部付属練馬光が丘病院(以下「日大練馬光が丘病院」という。)整形外科(平成七年八月七日から平成八年七月三日までの間に六日間通院。乙一一)、同病院東洋医学科(平成八年四月一日及び同年五月二〇日から八月七日までの間に七日間通院。乙七、一二)、田辺整形外科医院(平成七年八月一七日から平成八年四月二日までの間に一七五日間及びそれ以後平成一一年一〇月二九日までの間に六八日間。乙六、一三。以下「田辺医院」という。)の各病院で治療を受け、平成八年四月二日に症状固定した。
反訴原告は、右鎖骨に著しい奇形を残す後遺症により、自賠責保険手続において後遺障害一二級(五号)の等級認定を受けた。
なお、反訴原告の遠視性乱視、老視、調節衰弱の目の症状については、本件事故によって発症したと認めるに足りる証拠はない。
3 治療費等の損害と既払金
反訴被告は、本件事故によって発生した損害のうち、治療費(九四万一九六〇円)、文書費(五二〇〇円)を負担し、反訴原告に一五万円を内金として支払った。
二 争点
1 本件事故態様並びに山田及び反訴原告の過失責任と過失割合
(一) 反訴被告の主張
山田は、本件交差点の対面信号が青信号であるのを確認し、これに従って本件交差点に直進して進入したものである。
本件事故は、主として反訴原告の信号無視に起因するものであり、本件事故が未明の暗い状況下で発生したことを考慮すると、反訴原告の損害には少なくとも八五パーセントの過失相殺をすべきである。
(二) 反訴原告の主張
反訴原告は、対面する歩行者用信号が青色であるときに横断を開始し、本件道路の中央部付近に来たときに青色点滅となり、そのまま走行を続けたところ、山田車と衝突したものであり、本件事故時の山田車の対面信号は赤色であるから、反訴原告には過失はない。
仮に、山田車の対面する信号が青色であったとしても、山田には、右前方から横断する呉車を容易に視認できたのであるから、著しい前方注視義務違反がある。
2 反訴原告の損害額の算定(治療費及び文書費を除く。)
(一) 反訴原告の主張
(1) 入院雑費(請求額 七万八〇〇〇円)
日額一三〇〇円の六〇日分である。
(2) 休業損害(請求額 三三三万九二五〇円)
反訴原告は家事従事者であり、本件事故時から平成八年三月三一日までの三七〇日間、受傷により家事に従事できなかった。
平成七年の女子労働者・学歴計・全年齢平均賃金である三二九万四二〇〇円を日額に換算すると九〇二五円となるから、その三七〇日分が休業損害となる。
(3) 逸失利益(請求額 五一九万九四三三円)
反訴原告には右肩腱投筋力低下、右肩運動障害といった労働能力に影響する後遺症が残存するため、労働能力喪失率は一四パーセントとすべきである。反訴原告は症状固定時五〇歳であるから、その逸失利益は以下のとおりとなる。
三二九万四二〇〇円×〇・一四×一一・二七四〇=五一九万九四三三円
(4) 入通院慰謝料(請求額 一八五万円)
(5) 後遺症慰謝料(請求額 二七〇万円)
(6) 弁護士費用(一三一万六六六八円)
(二) 反訴被告の主張
(1) いずれも否認する。
(2) 右鎖骨の奇形自体が反訴原告の実生活に影響を与えることは少なく、同人の労働能力喪失率は一〇パーセントとすべきであり、かつ、後遺症慰謝料の算定にも考慮されるべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件事故態様並びに山田及び反訴原告の過失責任と過失割合)
1 本件事故現場の状況について
甲六の4、5、弁論の全趣旨によれば、本件交差点は、別紙1のとおり、本件道路が新川方面と東西線方面とを結ぶ葛西中央通り(以下「本件交差道路」という。)と交わる信号機によって交通整理の行われている交差点であること、本件道路の車道部分は幅員約一五・九メートルあり、本件交差点から環状七号線側は同方面に向かう車線は二車線であるが、葛西橋方面に向かう車線は三車線となっており(第一車線は直進左折車、第二車線は直進車、第三車線は右折車が走行する。)、車線の幅員はいずれも約三・〇から三・二メートルであること、本件道路及び本件交差道路の両側には自転車の通行可能な歩道が設置されていること、本件交差点の出入り口付近にはいずれも自転車横断帯を伴う横断歩道が設置され、車両用信号とは別に歩行者・自転車用信号が設置されていること、本件交差点に設置された信号のサイクルは別紙2のとおりであることが認められる。
2 本件事故の態様について
(一) 坂本の供述の信用性
甲六の9から11、証人坂本裕次郎(以下「坂本」という。)の供述書によれば、坂本は、本件事故当時本件道路を葛西橋方面から環状七号線方面に向かおうと本件交差点手前の別紙3の地点で対面信号の赤信号に従って停止し、青信号に変わるのを待っていたこと、坂本は、対面信号が赤から青に変わったので発進のための動作を開始し自車を発進させたこと、時速約一五キロから二〇キロで地点まで進んだとき、車の急ブレーキ音と「ガシャーン」という衝突音が聞こえたこと、それらの音が聞こえたのは対面信号が赤から青に変わって発進した後三秒くらい経過した後であったことを、警察官、検察官及び当裁判所に対して一貫して供述しており、同人が本件事故とは全く利害関係のない立場であることや誠実に供述する態度からすると、その供述内容の信用性は極めて高いものと評価することができる。
もっとも、青信号に変わってから運転者が発進のための運転動作に一般的に要する若干の時間や坂本が停止状態から時速一五キロから二〇キロに加速し、別紙3の地点から地点に移動するのに要した時間(地点から地点までの距離は約一五・八メートルであり、当初から時速二〇キロで走り続けても二・八秒以上の時間を要するから、地点を停止状態から発進し地点に至るまでには当然これを相当上回る時間を要することになる。)等を考慮すると、本件事故が発生したのは、坂本の対面する信号が青色に変わってから、右坂本の供述に係る三秒を大きく上回る時間が経過した後であると認めるのが合理的である。
これに対して、反訴原告は、本件事故直前に坂本の目前を横切った呉車を全く視認していないこと等をもってその供述の信用性がない旨主張するが、本件事故時における坂本の専らの関心事は対面信号の赤色がいつ青色になるかという点であり、対面信号が高い位置にあったこと、本件事故時が未明の暗い状況であったことも併せると、路上の交通状況には気がつかなかったとしても特段不自然ではなく、反訴原告の右主張は採用することができない。
(二) 本件事故状況の認定
前示の坂本の供述による認定事実、甲六の4から8、12、山田、証人土屋光弘(以下「土屋」という。)の各証言、反訴原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 山田は、本件道路を環状七号線方面から葛西橋方面に向けて山田車を運転して走行していたところ、別紙1の<1>地点で本件交差点の対面する信号が青色であることを確認して走行を続け、<2>地点に至ったときに進行方向右側から左側に向けて土屋運転の足踏み式自転車(以下「土屋車」という。)が本件交差点手前の本件横断歩道上をゆっくりと横切るのを見た。しかし、山田は、その自転車を信号を守らない危ない自転車だと思いながら目で追ったもののそのまま走行を続け、<3>地点に至ったときにようやく土屋車の後方を走行していた呉車を<ア>地点に発見して急ブレーキをかけたものの間に合わず、<4>の地点で<イ>地点の呉車と衝突した。
(2) 反訴原告は、本件交差点の環状七号線側の本件道路北側の歩道を、環状七号線方面から本件交差点に向けて土屋車に追随する形で呉車を運転し、本件交差点手前の本件横断歩道を東西線方面に横断して本件道路南側の歩道に出、更に本件交差道路の横断歩道を葛西橋方面に横断しようとしていたところ、本件道路を時速約一〇キロで横断している途中の別紙1の<×>地点で山田車と衝突するに至った。
前示認定事実(坂本の視認状況と本件交差点の信号サイクル)からすると、反訴原告が本件道路の横断を開始した際の対面する歩行者・自転車用信号の表示は青色点滅の状態から既に赤色に変わっていたと推認される。
(3) 反訴原告は、本件道路の横断を開始した際の歩行者・自転車用信号は青色であり、本件道路中央付近で青色点滅となった旨供述し、土屋も概ねこれに沿う証言をするが、土屋は反訴原告の夫であり、反訴原告の対面する右信号の表示内容如何について重大な利害関係を有する立場にあることや、土屋が呉車に先行して運転していたこと(それゆえ、後方にいる反訴原告の走行態様については、土屋は直接視認していないことになる。)を考慮すると、土屋の証言は反訴原告の走行態様を認定する上で証拠価値が高いとはいい難い上、両者の供述内容は前示のとおり坂本の客観的な立場からの供述と明らかに矛盾することからも、到底採用することはできない。
(4) 以上の事実を総合すると、本件事故の主たる原因は、反訴原告が、車両運転者にとって交通状況を視認しにくい未明に、幹線道路である本件道路を信号を無視して横断したことにあるといわなければならないが、他方、山田も、呉車に先行する土屋車の存在に気づいた段階で交差点周辺の交通状況に対して注意を払うとともに、状況如何によって適切な運転をなし得るように減速する措置を講ずれば本件事故を未然に回避することができたとも考えられることからすると、本件事故の責任を一方的に反訴原告に負わせることは相当ではなく、本件事故発生に対する反訴原告と山田の過失割合は、六五対三五とするのが相当である。
二 争点2(損害額の算定)
1 治療費(争いがない) 九四万一九六〇円
2 文書費(争いがない) 五二〇〇円
3 入院雑費 七万八〇〇〇円
日額一三〇〇円を相当と認め、入院日数六〇日を乗じた金額である。
4 休業損害 二五二万五一九五円
(一) 基礎収入
反訴原告が本件事故当時未成年の二人の子を持つ家庭の家事従事者であったこと(乙二)からすると、平成七年の全女子労働者平均賃金である三二九万四二〇〇円(日額九〇二五円)を基礎収入とするのが相当である。
(二) 休業日数
反訴原告の通院日数は前示のとおり相当数に及んでおり、本件事故による負傷の程度は大きかったと考えられるが、他方、乙一三、甲三によれば、最も通院日数の多い田辺医院での治療内容は運動療法としての筋力トレーニング、理学療法として電気療法、温熱療法であって投薬はほとんどなく、田辺医師も、右肩外転時の疼痛はあるものの日常生活に大きな支障はなく軽作業なら可能と考えていたことが認められ、以上によれば、反訴原告は、少なくとも田辺医院に通院を開始した平成七年八月一七日以降は、リハビリの過程にあり、家事を全くこなせない完全な要休業状態であるとまでは考え難いといわなければならない。
そこで、本件事故日(平成七年三月二七日)から平成七年八月一六日までの一四三日間は休業の必要度を一〇〇パーセントとし、同年八月一七日から平成八年三月三一日までの二二八日間について、反訴原告が前示のとおり後遺障害一二級の認定を受けていることも勘案し、全体的に見て休業の必要度を六〇パーセントと評価して算定する。
(三) 計算式
九〇二五円×(一四三日×一+二二八日×〇・六)=二五二万五一九五円
5 逸失利益 五一九万九四三三円
(一) 基礎収入
前示のとおり、三二九万四二〇〇円を基礎収入とするのが相当である。
(二) 労働能力喪失率
反訴原告が前示のとおり後遺障害一二級の認定を受けていること、現在もなお右肩の運動障害を有していることからすると、労働能力喪失率を一四パーセントとして算定するのが合理的である。
(三) 稼働可能期間
反訴原告は症状固定時点で五〇歳であるから、六七歳までの一七年間をもって右期間とする。
(四) 計算式
三二九万四二〇〇円×〇・一四×一一・二七四(一七年のライプニッツ係数)=五一九万九四三三円
6 入通院慰謝料 一八五万円
反訴原告の受傷部位や程度、入通院の頻度等を考慮した。
7 後遺症慰謝料 二七〇万円
反訴原告の後遺症の内容、程度等を考慮した。
8 小計 一三二九万九七八八円
9 過失相殺(六五パーセント) 四六五万四九二五円
10 既払金(一〇二万七一六〇円)控除後 三六二万七七六五円
〔更正決定 10 既払金(一〇九万七一六〇円)控除後 三五五万七七六五円〕
11 弁護士費用 六〇万円
反訴原告代理人は、反訴原告本人及び土屋が日本語を十分に理解しないために一般的な交通事件訴訟に比べて相当な時間と労力を費やしたと考えられ、当裁判所はこの点を考慮して算定した。
12 結論 四二二万七七六五円
〔更正決定 12 結論 四一五万七七六五円〕
三 結論
よって、反訴原告の請求は、四二二万七七六五円〔更正決定 四一五万七七六五円〕及びこれに対する平成七年三月二七日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)
別紙1 現場見取図
別紙2 現示サイクル表
別紙3 現場見取図